リマインズ第2回目のインタビューは起業家カフェ「RoobikHouse(ルービックハウス)」を経営される平沢純一さんにお話を伺いました。
 大学在学時から就職活動を放棄してしまい、卒業後はご両親からの仕送りを受けながらのニート生活を送った平沢さんが、どのような変遷を経て、ニートの対極にあると思えるような独立起業に辿り着いたのでしょうか。
 内に秘めた思いを余すところなく聞かせていただきました。

ルービックハウスのホームページ
起業家メディア Gufo (グーフォ)
Gufoはルービックハウスが運営する独立系起業家のリアルを発信する起業家メディアです。

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しのぶん:
 お久しぶりです。
 ジェイは元気にされてました?
※「ジェイ」はある友人が付けた愛称。Junichiの「J」から。

IMG_3028平沢純一:
 ジェイ(笑)
 元気にしてます。

 最近、ある方にもジェイさんって呼ばれるようにもなってきましたね。
 「ジェイオーナー」って(笑)

しのぶん:
 いいですね。浸透してきてる(笑)
 たぶん、このインタビューを見られた方の中からも出るでしょう。

平沢純一:
 いやいやいや・・(笑)

しのぶん:
 実は会うのは2回目なんですよね。でも全然そういう気がしない。

IMG_3030平沢純一:
 ルービックハウスで交流会があって、その後の懇親会で初めてちゃんとお話ししたんですよね。
 紹介してくださった方のセンスもあると思うんですが、しのぶんと会った時に、違和感なくすっと入って来たんですよね。
 感覚、価値観が近い気がしました。

しのぶん:
 僕もそれは感じました。
 あぁ、センスのある人だなというのが僕の第一印象です。
 シンパシーですかね。
 それで、いろいろとお話ししていくうちに、ニートだったという事を聞いて、起業家カフェのオーナーという現在とのギャップに興味覚えました。
 「親からの仕送りを貰いながらニートしていました。気持ち悪いですよね」って、吐き捨てるように言ったのを覚えていて、その時、更に興味が増したんですね。
 今日は根掘り葉掘り、いろいろお話を聞かせてください。

平沢純一:
 はい。
 余すところなくお話ししますね。

普通のコワーキングスペースじゃないんです

しのぶん:
 それでは、ジェイのこれまでを振り返る前に、今のお仕事についてお聞きしたいんですが、このルービックハウスの経営が中心ということでいいですよね?

IMG_3553平沢純一:
 そうですね。
 ここルービックハウスですが、昼間はコワーキングスペースとして営業していて、夜からはBARになります。
 あとは、レンタルスペースとして起業家向けのイベントを共催したり、時には単なる箱貸しなどもしたりしています。
 半個室の貸し出しもしていて、今はネイルに利用していただいています。
 それと、ルービックハウスの経営とは別に、デザイナーとしてイベントのフライヤーのデザインなどもしています。

しのぶん:
 うーん、なんだか色々と営業されていますね。
 一気には覚えられない(笑)
 一つの場を中心に多面的に展開しているというか。

平沢純一:
 おっしゃる通りですね。
 ルービックハウスの名前の由来は、実はルービックキューブなんです。

しのぶん:
 だいぶ前に流行したあの四角いおもちゃ?

IMG_3065平沢純一:
 そうです。
 このルービックハウスを始めるきっかけになったのは、身近な人にBARをしたいという人間と、ネイルをしたいという人間が居たからなんです。
 起業を目指して、その中で何か自分で役に立つことが出来ないだろうかと考えている時に、コワーキングスペースというキーワードを見つけました。それぞれに何かを求めている人が集まる場所を創る。そして、集まっている人たちをうまく合わせていったら、何かが出来上がるんじゃないか、色んなものを混ぜて、つまりルービックキューブを「がちゃがちゃがちゃっ」とすると、色んな面が出来てくるように、ですかね。
 だから、一つの場所でいろいろ人が交わって、多面的であるというのは思い描いた通りなんだと思います。

しのぶん:
 なるほどなるほど。

平沢純一:
 僕は人の「はたらき方」というものに興味があるんですね。
 ニート時代は働きたくなかったわけですが、その後会計系のコンサル企業で働きました。ただ、毎日同じ時間、同じ場所で、会いたくない人と同じ時間を過ごすということが嫌で仕方なかったんですね。
 働くとしたらどんな形が幸せなのか、人それぞれだとは思うのですが、新しいはたらき方、人に適したはたらき方はなんだろうか、自分がかつてそうだったニートの人々にとってのはたらき方は何か、などということに興味があります。

しのぶん:
 「はたらき方」に興味がある?

IMG_3166平沢純一:
 実は起業家カフェとはいうものの、必ずしも起業家やその予備軍の方だけを対象にしているわけではないんです。
 起業家カフェという名前にはだいぶ親しんでいただいているのですが、何か別の名称に変える事も考えています。もしくは付け加えるとか。
 コワーキングスペースは起業家や創業を考えている方だけでなく、主婦層の方で、ちょっとした内職を家ではなくここでしてみようといった方などにも来て頂きたいと思っていたりします。
 以前に、洋服のアレンジをされる方がここで作業したいと来て頂いた事もあります。
 今のお客さんはIT系の方が圧倒的に多いのですが、もっと幅広い業種の方に訪れて頂きたいと思っています。また、多種多様な方が来られることで、これまでにないはたらき方に繋がる何かが見えてこないだろうかと期待してもいます。

しのぶん:
 うーん、新しい「はたらき方」に繋がるものを見たい。
 だから、いろいろな方に来てもらいたい。でも、その一方で、けっこう防衛線を張るというか、ルービックハウスのホームページ上ではこういう人は来て欲しくないというメッセージを出していますよね。
※歓迎される方、されない方についての詳細はこちら

IMG_3095平沢純一:
 最初は場に人が集まれば、自動的に何かが生まれると考えていたんです。でもそんなことはないんですよね。シナジーを持てる人の集まりが必要だし、来ている方同士がコミュニケーションする雰囲気が必要ですね。
 だから、その考えに共感してくれるような方が集まるようにと意図はしています。
 最初は無料の見学から始めるのですが、お互いに「いいね」と思える方に来て頂きたいという思いがあるからです。

しのぶん:
 お互いに「いいね」ですか。
 具体的なことで言えば?

平沢純一:
 例えば、ただ電源貸しのスペースで利用したいとかは少し違いますね。
 コワーキングスペースという空間を一緒に気持ちよく利用できる方、アットホームで、まるで友達の家に遊びに来たような感覚で利用していただきたいと考えています。
 ですので、バランスの取れた方、利他の精神を持って、相手を対等な存在として認められる方々に来て頂きたいと思っています。
 ただ、人柄にしても、集っていただきたい方の属性にしても、抽象的で曖昧模糊としていると思っています。
 今の自分にはまだそのイメージを端的な言葉で上手く表現できていないと考えています。
 ですから、今はわかりやすくするために起業家カフェというキーワードを使っていますね。

しのぶん:
 なるほど。
 ちなみに、コワーキングですが、今はどのぐらいの方が利用されています?

IMG_3158平沢純一:
 登録でいうと30名程度で、リーピーターで10数名というところでしょうか。

しのぶん:
 イベントはどのぐらいのペースでされているんでしょう?

平沢純一:
 共催ということでは、もう12回を数えたドラッカー勉強会という人気のイベントがあって、これは毎月一回開催しています。その他には、週に1回程度では開催しています。

しのぶん:
 BARやネイルはどのように営業されています?

平沢純一:
 BARは近所の方が飲みに来てくださることがほとんどで、定期的にアコースティックライブを開いたりもしています。普通のBARだと思ってください。
 ネイルのほうは予約制で営業しています。

しのぶん:
 デザインの仕事はどんな感じでしょう?

IMG_3591平沢純一:
 デザインについては営業を開始したというところで、どんどん仕事は欲しいですね(笑)

しのぶん:
 なんとなく、いまのジェイが見えて来た気がします。
 やっぱり、不思議というかなんというか、不思議です。
 なに言ってんだ(笑)

 ニートっていうと、無気力無関心、人とも交わらないというイメージが強いんですが、どうしてそんな人間が今、いろいろな方との結びつきをつくっているのだろうかと。お話を聞いていいてポジティブな熱を感じるんですよね。
 そろそろ、今のジェイを創った歴史を紐解かせてください(笑)

平沢純一:
 はい(笑)
 余すところなく(笑)

フォレスト系です(笑)

しのぶん:
 今のジェイにつながる過去というか、原型をまずは聞かせて頂きたいと思いますが、ジェイの生まれはどのあたりですか?

IMG_3126平沢純一:
 東武東上線の小川町というところです。埼玉の群馬寄りのほうというか。
 東武東上線のほぼ終点ですね。

しのぶん:
 というと、だいぶ自然に囲まれている感じ?

平沢純一:
 フォレスト系ですね。

しのぶん:
 フォレスト系(笑)
 かっこいいですねそれ。森でしょ、森。
 どんなことをして遊んだりしてました?

平沢純一:
 ドラえもんに出てくる空き地ってありますよね。そこに土管があるじゃないですか。ジャイアンが立って歌う。あの土管の10倍ぐらいの土管がある空き地があって、そこでよく遊んでいましたね。
 小学校の6年生から1年生が集まって、みんなで遊んでました。
縦社会をそこで経験した気がしますね(笑)

しのぶん:
 秘密基地をつくったりとか?(笑)
 枝や廃材とか集めて。

IMG_3154平沢純一:
 最初に地ならしから始まるんですよ(笑)
 まずは雑草を刈って、それから枝を集めて家を作って。
 チョコボールとかを持ち寄ったり、学年が上になってくるとエロ本とかを持ち寄ってきて。
 「俺たち悪い事してるぜ!」みたいな感じですね(笑)

しのぶん:
 あぁ(笑)

平沢純一:
 小学3年生からはサッカー少年団に入ってサッカーをしていました。
 ものすごく楽しかったですね。
 でも、父親はライオンズファン、母親はジャイアンツファンで、家族で球場に出かけたりするぐらいの野球ファンでした。母親にはジャイアンツ帽を被らされるぐらいだったんです。
 だけど、「これからはサッカーの時代だから!」って母親に言われて始めたんです(笑)

しのぶん:
 あはは(笑)
 ジェイが小学校3年生というと、まだJリーグが出来てないんじゃないかな。

平沢純一:
 そうですね、母には先見の明があったのかもしれないです(笑)
 サッカーは20年ぐらい続けました。
 中学の頃、県大会に出場することがあって、学校にとっても初めての県大会だったんですね。
 壮行会をしてもらって、吹奏楽部とかにも演奏してもらって。それは今までの中で最高の思い出です。
 一緒に切磋琢磨してきた仲間とともに、壮行会で多くの方から激励をもらえたことは誇りでした。
 一つの目標に向かってお互いに力を出し合い、相手を打ち負かすことに魅力を感じていました。
 本当に実力のある仲間が集まっていて。

しのぶん:
 学校ではどんなタイプの子供でした?
 例えば、クラスの人気者だったりとか、お調子者だったりとか。

IMG_3178平沢純一:
 人と距離を置く方でしたね。
 協調性が無いんですよね。

しのぶん:
 協調性が無い?
 でも、サッカーを通してチームプレーはするわけですよね?

平沢純一:
 んー・・・。
 協調性が全く無いわけではなくて、その時々で発揮するということかもしれません。
 例えば、言葉が悪いですが、子供の世界には「ボスと取り巻き」みたいな世界がありますよね?
 サッカー部でもそれはありました。サッカーを通してはもちろん強力に連携していきますし、サッカーを離れても仲は良いんです。
 ただ、その「ボスと取り巻き」と普段から「つるむ」「群れる」ということはありませんでしたね。
 そこはちょっと距離があって、みんなと遊ぶことに参加するわけではないんですね。

しのぶん:
 つまり一つの目的・目標に向かう時には協力するし、そこで協調性は発揮できるということですよね?

IMG_3234平沢純一:
 目的や目標が不明確だったり、一緒に居るだけとか、関係性だけに満足するだとか、そうしたことには魅力を感じないから距離を取ってしまうのかもしれません。
 共通の目的・目標に向かって熱くなることや、目標に向かってお互いに刺激し合う環境が好きですし、その為に力を尽くしたいタイプかもしれません。
 ただ、あまり感情が顔が出るタイプではないので、そういう熱を持っているということは、周囲からは見えないかもしれません。

両親ともに優しかったですね

しのぶん:
 勉強はするほうでした?

IMG_3221平沢純一:
 成績は悪い方ではありませんでした。学級委員もしていたような、していなかったような。
 ちょっとずるい子供だったのかもしれません。
 両親から勉強しなさいと言われたことは無いんですが、ある程度の成績を取っておけば、あまりうるさいことは言われないだろうといった。

しのぶん:
 なるほど、ご両親はどんなお仕事をされています?

平沢純一:
 今は管理職に移っていますが父は大手メーカーの研究職で、母は小学校の教諭です。
 堅い家庭でしょうか。
 両親とも優しくて、僕が「いい子」にしていたこともあって、怒られるということはあまりなかったですね。
 ただ、一度だけ悪い仲間と繋がった時期があって、その頃から父親に本気で怒られるようになったかもしれません。

しのぶん:
 悪い仲間?(笑)

平沢純一:
 そうですね(笑)
 小学校5年生ぐらいだったと思いますが、たまたま、隣町の子達と仲良くなったんです。
 ただ、その子達は学校からお金を盗んじゃったりするぐらい、本当に悪いところがあって。
 今になって振り返ると、両親の気持ちはよくわかりますね。
 とにかく、そのグループから離そうとしていましたし、その子達と遊ぶことについて怒られました。
 おばあちゃんとかも本気で心配して、駅で待ち伏せされたりもしました。

しのぶん:
 待ち伏せ?

IMG_3126平沢純一:
 はい。
 あるとき、隣町に行った帰りに、地元の駅でおばあちゃんが待ち伏せしていたんです。
 なぜ、その電車と知っていたのかはわからないんですが、「この電車に孫が乗っているから」と駅員さんに話して改札で待ち構えていたんですよね。
 それを察知した僕は駅のトイレの窓から抜け出て、誰かのお宅の庭を抜けて、通りに出たんですね。
 そしたら、「あんた、何やってんの!」って、おばあちゃんに見つかってしまって(笑)

しのぶん:
 愛情深い家庭だったんだろうなって伝わってきますね。
 その当時には、なんだかニートだった影というか、そんな前兆は何も無いんですね。

平沢純一:
 中学生というか、高校も途中までは毎日楽しかったですね。
 部活でも朝練とかが楽しくて、毎日早起きしてワクワクしながら学校に行ってましたね。
 なんでしょうね。朝から居てもたってもいられないんですよね。毎日が遠足のような(笑)
 昼間の授業は退屈でしたから、我慢して。夕方からの練習が待ち遠しくて。
 おかしいですよね、同じ場所、同じ時間に毎日通う生活が嫌だと言って会社を辞めた人間がこんなことを言うのも。

しのぶん:
 うーん。
 結局、楽しいもの、熱くなれるものなら毎日通うのだって楽しいっていうことですよね。

IMG_3203平沢純一:
 おっしゃる通りだと思います。
 高校一年生まではとにかく楽しかったですね。

しのぶん:
 高校一年生までは?

平沢純一:
 高校一年生です。
 あー、そうだ、そうですね・・・。
 そう、そうかもしれない。
 こうしてお話ししながら自分でもだんだんとわかってきました。
 高校2年生のころから少しずつ変わって来たのかもしれません。

自分の世界が奪われた

IMG_3209平沢純一:
 高校2年生の時に、サッカー部の顧問が交代したんです。
 それまでの顧問の方が燃え尽きてしまったんです。
 僕が1年生当時の3年生は本当に実力があって、学校初の全国大会出場を狙える実力があって、顧問の方もそれを目標にしていたのですが、結局全国大会には出場できなかったんですね。それで相当、気力を落とされて、僕が高校2年生に上がる時に、新しい顧問に交代したんです。

しのぶん:
 なるほど。
 その新しい顧問とそりが合わなかったとか?

平沢純一:
 最初はそうでもなかったんだと思います。
 ただ、いろいろとチーム内で不和が出来て来て、実力のあるメンバーとかが辞めて行くことになったりしたんですね。
 それは本当に残念なことでした。

しのぶん:
 不和の要因ってなんでしょう?

IMG_3281平沢純一:
 ミスコミュニケーションだったかもしれません。
 僕たちが2年生になった時、当然新1年生がチームに加わって来ました。
 その中で確かにそれなりに実力があって、自分をしっかり主張する後輩が居たんですね。
 ただ、僕たち2年生とはリズムというか、合わないところがあったんです。一言でいうとやり方というか。それが、その後輩には面白くなくて、次第に僕たちを批判し始めたんですね。
 試合中のこのときに走らなかったとか、やる気がないだとか、いろいろと。

しのぶん:
 なるほど。1年生と2年生の間に溝が出来たんですね。

平沢純一:
 新しい顧問がその後輩の主張ばかりに耳を傾けてしまったんですよね。
 そうして、「あいつら2年はだめだ」みたいに思われ始めて。
 当然、僕たち2年生はそのことが頭にくるわけです。
 そうして、だんだんと顧問と距離が出来て、益々関係の悪化というか、溝が深まって行ってしまった。

しのぶん:
面白くないから、練習にも身が入らなくなる?

IMG_3381平沢純一:
 ふてくされていますからね。
 練習態度も悪くなって、負のスパイラルに入って行ったんだと思います。
 今なら、関係改善の努力だとか出来るのかもしれませんが、まだ高校生ぐらいだと生意気ですし、相手に責任転嫁してしまいがちですよね。
 たくさんのメンバーが辞めていきました。本当に実力のあるメンバーも。それでも僕は3年生まで続けました。

しのぶん:
 つまらなくなったんですよね?
 なぜ、3年生まで続けられたんでしょう?

平沢純一:
 サッカーが好きだったんですよね。小学校3年生から続けていましたし、そんな簡単には辞めれませんでしたね。
 ただ、気持ちはだいぶ荒み始めました。

しのぶん:
 例えば?

IMG_3211平沢純一:
 んー・・・。
 自分で言うのもなんですが、レギュラー11人の中に入る実力はあったと思います。
 でもだいぶ反抗的でしたから、ベンチウォーマーだったんです。
 高校三年生のある試合のとき、負けている試合で途中出場することになったんです。
 ただ、状況的には明らかに打つ手が遅いと思えるような状況だったこともあって、「遅いんだよ、このボケが!」って顧問席に向かって吐き捨てたのを覚えています。
 他校の顧問と混じって座る顧問席みたいなところへわざと聞こえるように言ったんでしょうね。
 暴言ですよね。

しのぶん:
 問題児ですよね(笑)
 ここに居る温和なジェイからは想像ができないですね。

平沢純一:
 そうかもしれませんね(苦笑)
 本当に心が荒れていたというか、胸の中に嫌なものが詰まっていて、自分が生きている世界に苛立っていたと思います。
なんとかしたいと思うけど、どうにもならない。高校3年生のころは、もうどうにかなるような状況でもない。右を見ても、左を見ても、何もかも面白くない、つまらないといった思いだったのかもしれません。

しのぶん:
 なるほど?

IMG_3214平沢純一:
 学業の成績とかも、1年生のころは良い方でしたが2年生からは急激に悪化しました。
 次第に不登校も始まって、あと国語が2単位足りなかったら留年していました。
 自分が好きだったサッカーを奪われた.。とにかくつまらない、日常の生活に魅力を感じない、世界が閉ざされたという感覚がありました。

世界が閉ざされたという感覚

しのぶん:
 世界が閉ざされた?

IMG_3454平沢純一:
 子供の頃って、世界が狭いじゃないですか。当時の自分にとって、サッカーが自分の世界そのものだったと思います。
 その楽しい世界、楽しい時間が奪われて、最初は怒り、それから諦めて投げやりになり、やがては無関心・無気力になっていきました。
 生きている世界に嫌気がさして、全てのことに興味が持てなくなって行ったんですね。
 こう、例えば一つの色鮮やかな絵があったとします。その色が失われて、褪せていく感じですかね。
 物事から味が無くなるというか、周囲の出来事が全て無味乾燥に思えてしまうような。
 それまでなら心が動くようなことも、感じられなくなって行ったんです。

しのぶん:
 なるほど。
 その頃、ご両親はどうされていたんです?

IMG_3485平沢純一:
 いろいろ考えてくれていたとは思うんですが、状況がうまく伝わってはいなかったんだろうなとは思います。
 おばあちゃんとかは、いじめられているの?と聞くぐらいでしたし。
 母にしても自分が勧めたサッカーが原因で何か問題を抱え始めた息子を見て、どう対応すればいいのか悩んでいたのかもしれません。

しのぶん:
 それにしても、そんな無関心・無気力といった状態になりつつも、大学には進学したんですよね?

平沢純一:
 顧問を見返したいという気持ちがあったからだと思います。
 成績はがた落ちで、不登校していたりもしますし、出来ない子だと思われていたと思うんです。それを見返したかった。そのぐらいの気持ちですね。
 当時はまだ、生きて行く為に社会に出て働かないといけないという意識がまだあったことも一つだと思います。

しのぶん:
 大学に進学してもサッカーは続けたんですよね?

IMG_3489平沢純一:
 サークル活動で続けました。
 週一回の練習でしたが、夢中にはなりませんでした。
 そのころはもう閉鎖的な人間になっていて、サークルのメンバーともそれほど仲良くはなかったですね。
 サッカーは一緒にするんですが、例えばみんなが麻雀をすることになっても、あいつは呼ばなくてもいいや、みたいな扱いになっていましたね。

しのぶん:
 うーん。だいぶニートの素地が出来ていたというか、今現在にも未来にも何も期待していない状態になっていたということですね。

IMG_3490平沢純一:
 生きている事をやめる選択肢は無くて、それでも興味の湧くこともなくて、ただ息を吸って吐いて、それだけの暮らしだったと思います。

空白の2年間

しのぶん:
 大学を卒業して、そのままニート生活に入ったと?

IMG_3386平沢純一:
 そうですね。2年間はニート暮らしでした。

しのぶん:
 当時の思い出とか、生活の様子とかはどんな感じですか?

平沢純一:
 んー・・・。
 覚えていないんですよね。

しのぶん:
 覚えてない?

IMG_3636 2平沢純一:
 はい。ほとんど記憶に無いんです。
 当時に何を考えていたか、何をしていたかほとんど思い出せないんですよね。
 言ってみれば空白の2年間です。

しのぶん:
 まるで眠っていたような?

平沢純一:
 ある意味そうかもしれません。人間として眠っていたというか。
 さきほど、絵の話をしましたが、ニートの頃はもうキャンバスに描かれた絵の輪郭さえ無くなって、白だか灰色だか一色に埋め尽くされていたと思うんです。
 つまり、周囲で何が起きても存在していないと同じというか、自身とは関係ないというか。
 聞こえている音も聞こえていないし、目の前に立っている人の姿も、見えるけど見えない。
 世界は存在しているけど、存在していない。

しのぶん:
 んー。2年間。空白。

IMG_3645平沢純一:
 もちろん記憶喪失というわけではないですし、全く覚えていないわけではないんですが、断片的ですよね。
 思い出がほとんど無いといのは、やはり心が動くというか、喜怒哀楽といった感情の上げ下げをする瞬間が無かったのだと思います。

きっかけはちょっとした興味から

しのぶん:
 そこから就職しようと思ったきっかけはあるんですか?

IMG_3656平沢純一:
 これといったきっかけがあったかというと。
 んー。
 急激にではないんですが、これかなというのはあります。

しのぶん:
 それは?

平沢純一:
 ニートの定義もいろいろだと思いますが、働く気持ち、就職する意思は無いものの、バイトはしていたんですね。

しのぶん:
 なるほど。

平沢純一:
 お酒が好きなんですが、仕送りだけで酒代を賄うにはお財布が厳しくて、かといってお酒を飲まないという選択肢は嫌で、酒代だけは稼いでいたんです。
 そのバイト先の先輩達が、お客様に満足して頂く為にはとか、どうしたらもっと良い仕事になるかとか、その、レベル感はわかりませんが、そんな話をしていたんですね。

しのぶん:
 なるほど。

IMG_3666平沢純一:
 おそらく、そんな姿を見て、少し興味が出て来たんだと思います。
 働くということに。

しのぶん:
 なるほどなるほど。

平沢純一:
 周囲への興味は失っていても、自分の中に熱は残っていたんだと思います。
 なんでしょう、世の中の情報ってマイナスの情報が多いじゃないですか。
 経済がどう、景気がどう、給与がどう、サラリーマンは大変みたいなマイナス情報過多の中で、勝手に働くことに対して負のイメージが出来上がっていました。労働イコールつまらない・大変といった方程式ですね。
 生きて行くしかないわけですが、それでも何故、人は働かなければならないんだろう、何故つまらない生活に時間を充てなければならないんだろうという思いがありました。

 それが、こう熱く顧客満足がどうこうと言って議論する先輩の姿を見た時に、働くのも楽しいかもしれないって少しずつ思い始めたんですね。

しのぶん:
 マイナスばかりだと思っていた世界の中に、プラスのイメージを見せてくれる人が居た?

平沢純一:
 そうですね。それから少しずつ変わり始めたんだと思います。
 頑に閉ざしていた心が緩んだというか、灰色一色だったキャンパスの一部に形と色が戻って来たんですね。

幻想だった世界

しのぶん:
 じゃぁ、就職をしようと本格的に考え始めた頃は、だいぶ前向きな状態に戻ってきました?

IMG_3618平沢純一:
 人の役に立ちたい、社会貢献したいっていう熱い気持ちがありましたね。
 働こうという意思がありましたね。

しのぶん:
 でも、就職したけど、会社勤めは嫌になってしまったんですよね?

平沢純一:
 そうですね(笑)
 3ヶ月で嫌になりました。(笑)
 そのまま、嫌で嫌で仕方なかったですけど、4年間は会社員生活をしてました。

しのぶん:
 それはまたどうしてです?

平沢純一:
 周囲との温度差ですかね。

しのぶん:
 温度差?

平沢純一:
 面接する時って、いいこと言うじゃないですか、未来を背負って立つ人材を求めているとか、社会貢献だとか、活躍を期待するとか、いろいろと(笑)
 だけど、入ってみたら、全然そんなところはなくて。
 子会社で自分を含めて4人だったんですが、顧客満足だとか、社会貢献だとか、そういう気概を持っているわけではなかったんです。

しのぶん:
 なるほど。

IMG_3619平沢純一:
 僕にしてみるとそれまでの生活の中で最高のモチベーションを持っていたと思うんですね。
 サッカーを奪われてから、長くモチベーションがゼロの状態が続いて、でも新しい世界への希望が見えて来て、何も無いニートの生活から抜けられるという思い、今まで押さえつけられていた自分の中の何かが、それまでの反動かのように表に出て来て、モチベーションが高まっていたんです。
 「ようし、やるぞ、人の役に立つ人材になるぞ、会社もいいところにようやく就職できた、最高だ!」
 そんな状態だったと思います。
 それが、会社に入ってみたら、自分と周囲のモチベーションには温度差がありすぎて、一気に谷底に突き落とされた気分でした。

しのぶん:
 なるほど。
 温度が高まっていただけに、大きな衝撃だった?

平沢純一:
 今まではぬるま湯に浸かっていた。でも自分の体が温まってきたし、もっと熱い湯に浸かってみたいと思った。だから、熱い湯だと思って期待して裸で飛び込んだら、実は氷水だった。
 「うわ、寒!」みたいな感じですかね(笑)

10年後も今の生活が続く事を想像してごらん

しのぶん:
 あー、なるほど、わかりやすいですね(笑)
 しかし、よく4年ももちましたね。

IMG_3189平沢純一:
 苦しかったですね。辞めようとはいつも考えていました。
 でも、どうしたらいいかはわからなかったんですね。

しのぶん:
 実際に辞めようと行動したというか、踏ん切りが付いたきっかけはなんですか?

平沢純一:
 それまで、僕は本が嫌いだったんです。トラウマがあって、小さい頃に母親が本を読まそうとして、いくつか勧めたんですね。エジソンとか、ベーブルースだとか。誰だか知らないし、興味が無いし、つまらないし。だからずっと本嫌いだったんです。
 ただ、どうにかこの状況を改善したいという思いがあって、本をいくつか読むようになりました。
 その中でダニエルピンクの『フリーエージェント社会の到来』という本と出会います。
 その中で、「10年後も今の生活が続く事を想像してごらん」という一節を読んで、その通り自身の生活を想像したら、思わずもどしてしまったんですね。

しのぶん:
 もどすって、吐く、嘔吐するっていうことです?

IMG_3103平沢純一:
 本を読みながら、その場で吐いちゃったんですね。

しのぶん:
 おぇ、って?

平沢純一:
 「げぼっ」ですかね(笑)
 精神的に限界だったんでしょうね。

しのぶん:
 本を読みながら吐くって、相当ですよね。

平沢純一:
 その件があってから、これは本当にもう駄目だと考えるようになって、それから半年後ぐらいに会社を辞めて起業を目指しました。
 今は会社勤めも起業も、どちらが良い悪いではなく、はたらき方の違いがあるだけだと思っていますが、当時はもうとにかく会社勤めが嫌だったんですね。どこにいっても、会社員なんてこんなものだろうというイメージがありましたし。
 だから、転職ということは考えず、とにかく自分で何かを始めるということを選択したんです。

しのぶん:
 サッカー部での出来事と似ているんですかね?
 サッカーは途中から、会社員時代においては始めからですが、同じ目的・目標を持った仲間と連携をしたかった。だけど、連携が思うように実現できなかったから、自分で環境を用意しようと思った。

IMG_3190平沢純一:
 おっしゃる通りかもしれません。
 お互いにイメージを合わせてスムーズなパス回しでゴールを目指すといった仲間が居る環境が欲しいのかもしれません。
 今、まさにこのコワーキングスペースに集まるメンバーでそうした連携を始めています。

しのぶん:
 勝手なイメージですが、ジェイって一見温和ですし、線が細いタイプ、ユルさを求めるタイプに見える。
 でも、それはそう見せているだけで、本当は熱が強いタイプ?

平沢純一:
 そうかもしれないですね。
 自分の中に熱はあると思います。その熱が解放されない環境が大きなストレスとなってしまうのかもしれません。
 ただ、そこはバランスなんだと思います。
 誰しも熱というか、欲がありますよね。起業するともなれば、そうした力が顕在化していると思うんです。
 でも、それをあからさまに表面に出して行くと、相手が遠ざかってしまう。
 例えば、自分の都合でパスを出す、会話をするではなく、周囲との調和を保ちながらも、自分の熱の力をうまく発揮して行く。そういうバランス感覚を持っている人間でありたいですし、そうした方と出会い、協力していきたいですね。

新しいはたらき方を求めて

しのぶん:
 さきほど、聞き流してしまいましたけど、コワーキングスペースに集まるメンバーで連携を始めて居るというのはどういうことでしょう?

IMG_3396平沢純一:
 今、コワーキングで受託をするということを始めています。

しのぶん:
 コワーキングで受託?
 どういうことでしょう?

平沢純一:
 コワーキングスペースに集まっている人間は独立しようと思うぐらいですから、気概も技術も平均以上はあると思うんですね。
 そうしたメンバーで集まって、案件を受託するということを始めて居ます。

しのぶん:
 それはまたどうして始めたんですか?
 単に連携というか、一緒に目的・目標を共にする仲間づくりのためですか?

IMG_3397平沢純一:
 チームプレイが出来る仲間を集めたい気持ちはありますね。ただ、それだけではないですね。
 独立をする際の最初のハードルといえば、やはり経済的側面なんです。
 独立をしようとしても、技術はあるけど、受注が無い。顧客が居ない。
 そうした起業家や、これから起業したいという方が苦しまない環境、創業支援を狙っています。

しのぶん:
 インターネット上でのSOHOでの受託サイトみたいなものがありますが、それのオフライン版といったイメージで良いですかね?

平沢純一:
 イメージとしては近いと思います。ただ、コワーキングで受託する際の違いは、顔が見える相手に依頼できるということです。
 インターネット上ではやはり、顔が見えない分、不安だと思うんですね。

はみだしもののはたらき方

IMG_3022平沢純一:
 これはだいぶ先の大きな目標なんですが、転職と独立を同じハードルにしたいという思いがあります。
 自分のようなはみ出しもの、つまり、今居る環境が合わないと思った時に、始めに考えるのが転職だと思うのですが、転職と同じぐらいのハードルで独立という選択肢が存在する社会、誰もが転職するのを考えるのと同じぐらいの気持ちで独立という選択肢を考えられる社会にならないかと考えています。

しのぶん:
 それが、コワーキングで受託するということに繋がっているですね。

IMG_3081平沢純一:
 そうです。
 僕も起業した始めの頃は相当辛かったんですね。何もわかっていなかったので(笑)
 このまま会社員でいるままでは死んだ方がマシだという気持ちで、勢いのまま始めたものの、起業したらしたで、これからどうしたらいいだろうと不安になったり、怖くなったりしました。
 まぁ、その話はまた別の機会とさせて頂くとして、自分が通って来た道と同じような道を進もうとしている方の一助になりたいという思いがあります。

しのぶん:
 なるほど。

IMG_3080平沢純一:
 僕自身、このルービックハウスを始めてから1年と9ヶ月というところですが、いろいろな方との出会い、助けを頂きながらなんとか前に進んで来れました。
 起業家カフェと発信しているわけですから、やはり起業家支援をする場所としても確立したいと思っています。
 最近はコワーキングスペースに関する問い合わせも増えて来て、少し世間も変わって来たのかなと。追い風なのかもしれない、自分のような「はみ出しもの」でも選択できる新しい「はたらき方」が出現する、または創り出せるのではないかと期待しています。

しのぶん:
 うーん。大きいテーマですね。僕も新しい「はたらき方」が現れるのを期待したくなりました。
 最後に自分の中で大切にしたいもの、ルールがあれば聞かせてください。

平沢純一:
 独立を誰もが出来るハードルにする、つまり大衆化するという目標はこれから何があっても持ち続けて行きたいという思いが今はありますね。
 きっと、これからも色々な壁にぶつかると思うんですが、どんなことがあっても自分の中にあるこの熱を消したくない、消してしまったり、押さえつけたりしたら、それはもう自分は死んでるのと同じなんですよね。

しのぶん:
 「熱を消したくない、消してしまったり、押さえつけたりしたら、それはもう自分は死んでるのと同じ」。
 いいですね。
 今日は長い間ありがとうございました。

IMG_3084平沢純一:
 いえいえ、こちらこそありがとうございました。
 僕も質問に答えているうちに、自分の中でサッカーという熱を注げる存在がよくも悪くも大きく影響していたということがわかりました。そして、自分が何を求めているのかといったことを再確認させていただきました。
 まさに、リマインズですね。

しのぶん:
 あー。それはありがたいお言葉です(笑)
 今後ともよろしくお願い致します。

平沢純一:
 こちらこそよろしくお願い致します。
 ぜひ、コワーキングスペースも利用してください(笑)

インタビュー後記

 ニートというと無気力な人間、気持ちの冷めた人物像を想像してしまいます。平沢さんのケースが一般的なのかどうかはわかりませんが、熱があり過ぎること、その熱をうまく解放できない事がニートになってしまった要因だったように思います。生きている世界に希望が持てなくなってしまったとき、周囲の環境がそれを許容できたから、ニートという「状態」になったのだと思いました。
 希望が持てなくなることは誰にでも起こりえることだと思いますし、10代であるとなかなか自身で状況を打開することが難しいのだろうなと感じました。
 「はみだしもの」でも選択できるはたらき方、また独立起業を大衆化すること、その目標に向けて進まれる平沢さんにいいねと思って頂けた方はぜひ、いいねボタン、コメントをお寄せください。
 みなさまのワンアクションが平沢純一さんに新たな出会いを生む事を願って。

企画・構成 : しのぶん
写真  : U & しのぶん

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